【炎上文献】『ネット炎上の研究』レビュー

「大勢に見える炎上参加者は実際は極めて少数」として話題を呼んだ炎上研究本。

個々の炎上事例を論じるのではなく多くの先行研究を参照し炎上の理論的背景を探る、と共に定量調査を行いイメージで語られやすい炎上及び炎上参加者の実像に切り込んでいく。
本の後半部では炎上現象の歴史的位置づけ、対策についても検討されている。炎上リテラシー教育のひな型も付録し、広く炎上を考えるうえで外せない良書と言えるだろう。

なにはなくとも炎上に興味があるなら一読の価値はあるだろうが、個人的に問題を感じなかったわけではない。例えば以下の記述。

ペニーオークションステルスマーケティング事件は、芸能人によるステルスマーケティングへの大きな抑止力となるだろう。グルーポンスカスカおせち事件も、インターネットがなければ泣き寝入りしていた可能性もあるし、多くの人が知らないままであっただろう。しかしながら、悪く言えば監視社会である。
『ネット炎上の研究』 p.58

本書のスタンスは明確で、炎上では極端な意見ばかりになること(集団極性化)で議論が成り立たなくなり、それにより多くのネットユーザーが委縮し自由な発言の機会が失われてしまう。こうした点から本書では炎上を基本的には悪しき克服すべき現象と見る。

しかしながらグルーポン事件は犯罪性は無いとしても不当表示すれすれのあくどい商売と言えるし、ペニーオークション事件は明確な詐欺事件だ。「悪く言えば」と前置きは付くが、そうした事例を挙げたうえで炎上(良く言えば不正の告発だ)に監視社会のイメージを重ねることには違和感がありはしないだろうか。

また「炎上参加者はごく少数」の文句がお題目のように繰り返し唱えられる本書だが、穿った見方をすればマイノリティの声は聞かなくてもよいと言っているようにも思える。
それこそ多様な意見を抑圧することになりかねないのではないだろうか…。

先行研究を適宜引用しながら慎重に論を進めていく前半部と比べ、後半部は少し趣を異にする。個人的な違和感の多くはここに集中している。
具体的に言えば第六章「炎上の歴史的理解」以降だが、論理の粗さと飛躍が目立ち、炎上対策として提唱されている「サロン型SNS」(BLOGOSとGoogle+を合わせたようなものか)の構想にもあまり前向きな意味があるようには思えない。
そんなことをしても炎上参加者が他のサイトなりなんなりに行くだけだ。意識の高いバカが集まるサロン型SNSとやらはさぞ平和であろうが。

ちなみにこの「サロン型SNS」構想は以下のアンケートの①をSNS等のメンバーシップ制を支持する立場、②を自由参加制を支持する立場として解釈し、①が過半数を占める結果が出たことでその必要性が強調されている。

Q.インターネット上のコミュニケーションに関するアンケートのこれからのあり方としてあなたはどちらの方向が望ましいと思いますか。どちらか1つを選んでください。

  1. 入ってくる人を制限しても、誹謗中傷を抑えた方がよい
  2. 誹謗中傷が起こっても、誰もが入ってこられる方がよい

同書 p.200

なぜ「入ってくる人を制限しても、誹謗中傷を抑えた方がよい」がツイッターのブロック機能のような緩いメンバー選択制ではなく強固なメンバーシップ制の支持に直結するのか。明確な説明はない。
これに限らず統計の解釈がやや乱暴に感じられる箇所は少なくないが、その点に関しては門外漢が安易に口を挟めない。とはいえ得られた統計データに対する社会科学的な分析が弱いのは否めないだろう。

所帯持ちや所得の比較的高い男性が多い、といった炎上参加者のプロファイルがインターネットにおける「右傾化」現象に関する実証研究で示されたネット右翼像と重なることを示唆する部分など、今後の炎上研究に一つの筋道を付けるところかもしれない。
全体として面白く読めるが所々に顔を出すある種のエリート主義は鼻につく。二人の世代の異なる研究者の共著だが、世代によるネット観の違いが炎上の解釈に齟齬を生んでいるようにも思える。

ハーバーマスの名が出てくる。いわばハーバーマスの言う理想的発話状況の具現化する場としてインターネットを捉えたときに、あるいはそうした理念をインターネット利用者は共通して持つべきだとする啓蒙の視点に立ったときに、炎上はそれがいかなる類のものであろうと、一個人が誹謗中傷に晒される炎上だろうと一企業が詐欺行為を働いたことに端を発する炎上だろうと、秩序を破壊する好ましくないものとして映るのではないだろうか。

それがインターネット黎明期を経験し過剰とも思える期待をネットに託してきた(そして裏切られた)一部の人間に特有の感覚であり、物心ついたときから日常的にネットに触れていた世代の感覚と多くの点で異なるであろうという事情は、本書の中でも少しだけ触れられてはいた。



ネット炎上の研究

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